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新年度を前にして(大阪教育大・京都市立芸大合格!)

更新日:2 日前

3月も終わりに近づき、新年度の気配がはっきりと感じられる時期となりました。

年度最後のコンサートを終えつつ、同時に次年度冒頭から控えている公演・授業の準備に追われる日々を過ごしています。


この時期は、演奏活動と並行して、もう一つ大きな節目が訪れます。それが、生徒たちの進路の決定です。


今年は、中学生の頃から指導してきた2人の生徒が、それぞれ

京都市立芸術大学、そして大阪教育大学という国公立大学に、第一志望で合格することができました。


これは指導者として、非常に嬉しい結果です。同時に、「受験」というものの重さを、改めて強く感じる出来事でもありました。



受験指導というのは、教育の中でも最も厳しさが求められる局面の一つです。

それは単なる試験対策ではなく、人生の方向を決定づける重要な過程だからです。


私自身、決して甘い指導をするタイプではありません。今回の2人に対しても、かなり踏み込んだ、厳しいレッスンを行ってきた自覚があります。


おそらく何度も心が折れかけた場面があったはずです。それでも最終的に合格という結果を手にしたことは、本人たちにとって何よりの成果であり、今後の大きな支えになるでしょう。


では、どのような指導をしてきたのか。


内容自体は、決して特殊なものではありません。むしろシンプルなものです。


まず、楽曲のスタイルを理解すること。

そしてソルフェージュを通じて、和声の進行を理解して音楽の構造を立体的に把握すること。


和声が分かれば、フレーズの中でどこに力点が生まれるのかが見えてきます。

つまり、音楽が「どう流れるべきか」が必然として立ち上がってくる。


ここまでは、ある程度初期段階で伝える努力をします。


問題はその先です。


最終的に問われるのは、知識そのものではありません。

それらをどう組み合わせ、どう解釈し、どう実現するかという「思考」です。


どのように練習するのか。

どのように曲を捉えるのか。


これを自分で設計できなければ、音楽は成立しません。


したがってレッスンでは、「こう弾きなさい」という指示ではなく、

「なぜそう考えたのか」「その根拠は何か」を徹底的に問い続ける形になります。


この過程は、決して楽なものではありません。

むしろ、多くの場合で苦しさを伴います。


しかし、この思考のプロセスを経なければ、表現は借り物のままで終わってしまう。

そこに対しては、一切妥協しないという姿勢で向き合ってきました。


受験は通過点ですが、

同時に確かな自信の源になります。


今回の経験を基盤に、これからさらに深い音楽へと進んでいってくれることを期待しています。


改めて、合格おめでとうございます。

今後の歩みが、実りあるものになることを願っています!

 
 
 

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