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モロンタ氏のリサイタル!

ヴィセンテ・モロンタ氏のリサイタルが終演!

ロマン派でスタートし現代音楽で終わる構成でしたが、休憩明けにはインタビュータイムを設けました。

AIでスペイン語を訳して公開するスタイルを取りましたが、ペースが早かったので改めて見たいとのお声が多かったので下記に掲載いたします!また、一部お見せしていた動画もこちらでご覧頂けます!


インタビュー/日本はどうですか?


このような場とプロジェクトを企画してくださったことに、まず感謝を申し上げたいと思います。

それから、先ほど演奏した作品についても少しお話ししたいと思います。あの曲は、私の国ベネズエラのアマゾンに生息する鳥を題材にした作品です。ですから、少し素朴で野性的な響きが感じられたのではないでしょうか。

作曲家は、オーボエという楽器を通して、その鳥の鳴き声を音楽として表現しようとしました。そして、スピーカーからは実際の鳥の鳴き声も流れていました。つまり、私たちの祖先やルーツにある音の世界を探りながら、どのように現代音楽を作ることができるのか、その一つの例でもあります。

さて、ご質問についてですが、ひなこさん、私にとって日本に来ることはずっと夢でした。

2008年にも日本へ来る機会がありました。シモン・ボリバル交響楽団とともにツアーで初めて日本を訪れる予定だったのですが、そのときは病気になってしまい、来ることができませんでした。

そして2026年、そこからもう20年近く経って、ようやく日本に来るという夢を叶えることができました。

まだ日本のほんの一部しか見ていませんが、それでも本当に素晴らしいと感じています。皆さんの親切さ、運営や組織の素晴らしさ、仕事に対する文化、そして芸術への愛情にも感銘を受けています。

というのも、皆さんは今日、このお昼の時間に、こうしてコンサートを聴くためにここへ来てくださっていますよね。それは本当にとても素敵なことだと思います。


日本の食べ物は本当に素晴らしいですね。昨日はジーナのお母さまが、とても美味しいフライドチキンを作ってくださいました。本当にありがたかったですし、滞在中にまだまだいろいろな日本料理を食べてみたいと思っています。

私がどのように音楽を始めたかということですが、母はベネズエラで最も重要な大学のひとつで文化部門の責任者をしていました。そして父は若い頃、長い間神学校で学んでいました。ですから、カトリック教会や神学校の文化、合唱、オルガン、それからさまざまな楽器を演奏する環境が身近にありました。父はクアトロ、ギター、フルートを演奏し、歌もとても上手でした。

そのため私は幼い頃から、かなり豊かな文化的環境に囲まれて育ちました。

ただ、実際に私が最初に参加したのは「ラ・レブエルタ」という民族舞踊のグループでした。現在はもう存在しないのですが、そこでベネズエラ各地の伝統的な踊りを踊っていました。

その後、まだ4歳か5歳くらいの頃、5歳でベネズエラ中央大学の児童合唱団に入りました。そして両親が私を公立の音楽学校に通わせてくれました。

ベネズエラには「エル・システマ」というオーケストラ教育の仕組みがありますが、それとは別に、公立の音楽学校や音楽院、コンセルバトワールもあります。私はそこで音楽幼稚園のような基礎教育から始めて、音楽理論、ソルフェージュ、ピアノ、和声などを学び、9歳か10歳くらいの頃にオーボエを自分の楽器として選びました。

ここでひとつ明確にしておきたいのですが、私はエル・システマで音楽教育を受けたわけではありません。

その後、大学で学ぶようになってから、芸術大学に進学しました。音楽の高等教育を行う代表的な大学です。そして17歳のときにシモン・ボリバル交響楽団のオーディションを受けました。

そこにはグスターボ・ドゥダメル、パチョ・フローレス、ディクソン・ルイス、そして現在モントリオール交響楽団の音楽監督を務めているラファエル・パヤーレなど、現在では世界的に知られる素晴らしい音楽家たちがいました。当時、彼らは同じオーケストラの仲間でした。

グスターボもまだ指揮者として活動していたわけではなく、私たちはみんなオーケストラの一奏者として演奏していました。私は17歳で、彼らはすでに30歳近い年齢でしたから、私はずっと年下でした。それでもオーディションに合格して、そこで初めてプロとしての仕事を得ることができました。

ただ、私にとってとても大切なのは、ベネズエラではクラシック音楽ももちろん重要ですが、私たちの文化の大きな強みはポピュラー音楽にあるということです。

皆さんもおそらくサルサやオスカル・デ・レオンの音楽を聴いたことがあるでしょうし、ベネズエラの平原地方の音楽、リャネーラ音楽、あるいは太鼓を使った音楽などもあります。

そうした音楽も私たちにとって非常に重要です。私自身、クラシック音楽はもちろん好きですが、踊ることも本当に大好きです。

そして、そうした音楽や踊りこそが、私たちベネズエラ人の文化にとって非常に大切なものなのです。



 
 
 

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