プロコフィエフ《ピアノ協奏曲第3番》徹底解説――全3楽章の構成・和声・旋律、日本滞在と《越天楽》をめぐって
プロコフィエフの《ピアノ協奏曲第3番 ハ長調》作品26は、鮮やかな技巧と、思わず口ずさみたくなる旋律が同居する協奏曲である。ピアノが猛烈な速さで走っているとき、その運動の内側や、オーケストラの別の場所で、ゆっくりと歌が続いている。聴くときにも弾くときにも、この二つの時間を同時につかめると、音楽の見通しが大きく変わる。
明るいハ長調の名曲として親しまれているが、全編が晴れやかなわけではない。第1楽章には素朴な歌と鋭い打撃が交錯し、第2楽章では小さな主題が五つの異なる世界を通過する。第3楽章はイ短調で出発し、遠い調の抒情をくぐり抜け、最後にハ長調を確かなものにする。全曲の魅力は、快活さの表面に隠れた、こうした距離と屈折にもある。
本稿では、成立と日本との関係を確認したうえで、全3楽章を楽譜に沿ってたどる。和声については、トニック・ドミナント・サブドミナントによって方向がわかる箇所と、持続低音、半音のずれ、独立した声部によって聴くべき箇所を区別する。旋律が見失われやすい場面では、その担い手と、演奏で前面に出す音を具体的に考える。

1 作品の基本情報と、楽譜の読み方
1921年、作曲者自身の独奏で初演
《ピアノ協奏曲第3番》は1921年に完成し、同年12月16日、シカゴで初演された。独奏はプロコフィエフ、指揮はフレデリック・ストック、管弦楽はシカゴ交響楽団である。献呈先は詩人コンスタンチン・バリモント。出版社の作品目録では作曲期間を1917~1921年、演奏時間を約27分としている。実演ではテンポの選択によって、おおむね30分前後まで幅がある。Boosey & Hawkes作品目録、シカゴ交響楽団の初演記録紹介
楽章は三つ。第1楽章はAndanteで始まりAllegroへ進む。第2楽章はAndantinoの主題と五つの変奏、第3楽章はAllegro, ma non troppoである。速い外側の楽章が、変奏曲の中間楽章を挟む。ただし、第2楽章の内部にも激しい急速部分があるので、「速い―遅い―速い」という説明だけでは実際の起伏を捉えきれない。
編成は独奏ピアノに、フルート2、ピッコロ持ち替え、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、カスタネット、タンブリン、大太鼓、シンバル、弦楽。楽器の数以上に、各群の性格の使い分けが鮮明である。木管の細い線、弦の跳ねる刻み、金管の硬い輪郭、打楽器の乾いた粒が、ピアノのさまざまな発音と応答する。編成の出典:出版社作品目録、40頁
本稿で参照する総譜と二台ピアノ譜
分析には、IMSLPで公開されている管弦楽総譜と、作曲者による二台ピアノ版を用いた。総譜はIMSLP番号66126、二台ピアノ譜は729921である。二台ピアノ譜のPiano Iが独奏、Piano IIが管弦楽の縮約に当たる。後者を「オーケストラにも同じピアノの音がある」と読まないことが、譜読みの第一歩になる。IMSLP作品ページ
以下の「二台譜PDF○頁」は、112ページのファイルを先頭から数えた位置を指す。譜面に印刷されたページ番号は、それより10大きい。たとえば第2楽章冒頭はPDF44頁、印刷54頁、第3楽章冒頭はPDF72頁、印刷82頁となる。囲み数字は練習番号で、小節番号とは異なる。版をまたいで迷わないよう、主な見出しでは速度標語や練習番号も併記する。
音名と和音名は、特記しない限り実際に鳴る音で示す。Cはド、Dはレ、Eはミ、Fはファ、Gはソ、Aはラ、Bはシ。Cmはハ短調の主和音、Cは文脈によってハ音またはハ長調の和音を意味する。和声の呼び方は、すべての瞬間を一つの正解に固定するためではなく、旋律、低音、緊張の行き先を把握するために用いる。
2 どんな時代の作品か――ロシアから日本、アメリカ、フランスへ
長い構想期間を、一つの協奏曲にまとめる
完成年の1921年だけを見ると、この曲が一息に書かれたように思える。実際には、来日前のロシアで生まれた素材、日本と太平洋航路で扱われた素材、フランスで仕上げられた部分が重なっている。第2楽章の主題には1913年に遡る構想があり、1917年から1918年春にかけて、第1楽章と第2楽章の一部の作業が進んだ。1921年、フランスの大西洋岸で、これらが現在の三楽章の作品へとまとまっていく。1913年の主題についての自伝の記述を引くDallas Windsの解説
初期の構想と、楽章の具体的な執筆、全曲の完成は区別したい。ある主題に古いスケッチがあることと、その主題の和声、音色、配置まで当時完成していたことは同じではない。作品の成立を知る面白さは、古い発想が後年の構成力の中で別の意味を得るところにある。長い準備期間を経た素材が、演奏では驚くほど身軽に連結される。成立資料を検討した菊間史織の解説、LAフィルハーモニックの作品解説
革命後に国外へ出た作曲家の、自分を示す作品
1918年、プロコフィエフは革命後のロシアを離れ、日本を経由してアメリカへ向かった。第3協奏曲の完成時、彼は西欧とアメリカで作曲家・ピアニストとして活動の場を広げていた。この作品は、すでに名声を得た作曲家が後年に書いた回顧的な作品ではなく、自分の音楽と演奏を国際的な聴衆に提示する時期の大作である。IRCAMの伝記
ここで必要だったのは、聴衆を驚かせる力と、聴衆がついていける輪郭の両方だった、と作品の作りから考えることができる。大胆な不協和音はあるが、主題は覚えやすい。複雑な音型はあるが、拍の推進は強い。調は遠くへ飛ぶが、大きな帰着点は明瞭である。この釣り合いは、単に作曲技法の問題にとどまらず、作曲家自身が舞台で弾く協奏曲の実効性にも結びつく。
1921年のシカゴでは、第3協奏曲の初演に続き、12月30日に歌劇《三つのオレンジへの恋》も初演されている。鋭い機知、急な場面転換、明快な身振りを備えた舞台作品と協奏曲が、同じ時期の創作として並ぶ。協奏曲に具体的な登場人物がいるわけではないが、異なる性格をぶつけて音楽を進める感覚は、舞台を思わせる。シカゴ交響楽団による両初演の記録
後年のソ連時代の作品と、年代を分けて聴く
プロコフィエフという名前から、《ロメオとジュリエット》《シンデレラ》、戦争ソナタ、ソ連での政治的圧力を連想する人も多い。第3協奏曲は、それらの多くに先立つ作品である。1921年の響きを、後年の社会主義リアリズムへの対応や、1940年代の戦争体験から直接説明するのは年代が合わない。
一方で、のちの作品で大きく花開く特質はすでにある。長い息で伸びる旋律、軽快な舞曲、子どもの遊びを思わせる単純な反復、突然の凶暴さ、和音の半音のずれによる色彩。第3協奏曲は、若い時期の鋭さと、成熟した叙情が同じ作品で働いている例として聴ける。
5曲のピアノ協奏曲の中では、三楽章の配置と主題の親しみやすさによって入りやすい。第1番の単一楽章の凝縮、第2番の四楽章と巨大なカデンツァ、第4番の左手独奏、第5番の五楽章とは、作品の重心が異なる。第3番の難しさは、音符の密度に加え、異なる性格を短時間で切り替えながら全曲を一つに保つことにある。各協奏曲の構成と成立:出版社作品目録
3 プロコフィエフの日本滞在と、日本でのリサイタル
1918年、約2か月の日本滞在
プロコフィエフが日本を訪れたのは1918年である。野原泰子の研究によると、彼は5月7日にモスクワを発ち、6月1日に東京へ到着した。船便や渡航手続きの関係で約2か月滞在し、8月2日に横浜を出港している。短い観光旅行だけでなく、次の活動地へ向かう途中の、まとまった滞在だった。野原泰子「山田耕筰とプロコーフィエフのニューヨークとパリでの接点」、113頁
日本では音楽評論家の大田黒元雄らと交流した。大田黒は来日以前から彼の音楽を紹介しており、未知の外国人作曲家が突然現れただけの出来事ではなかった。新しいロシアの音楽を、日本の音楽家や愛好家がどのように受け止めていたかを知るうえでも興味深い訪問である。
公開リサイタルは、東京の帝国劇場で7月6日と7日、横浜のグランドホテルで7月9日。二晩の東京公演は別のプログラムで、横浜は東京初日と同じ曲目だったと記録されている。作曲家が日本で自作を直接演奏したことは、日記と現存プログラムをもとに確認できる。同研究の公演プログラム検討、Gary O’Sheaによる日記資料の検討
日本で弾いたのは、第3協奏曲ではない
この来日を第3協奏曲と結びつける際に、まず押さえたいことがある。1918年の公演はピアノ・リサイタルであり、1921年に完成する第3協奏曲を日本で初演したのではない。
東京初日のプログラムには、ピアノ・ソナタ第1番、《トッカータ》作品11、ソナタ第3番、《おとぎ話》作品3の1、《絶望》作品4の3などの自作に加え、ショパンのバラード第3番や練習曲が並ぶ。二日目にはソナタ第2番、《束の間の幻影》、ソナタ第4番の終楽章などが含まれた。個々の小品の同定には資料上の問題もあるが、ショパンと自作を組み合わせた公演だったことは明らかである。
この選曲からは、彼が演奏家としての技量と、作曲家としての新しさを一緒に提示していたことが見えてくる。《トッカータ》の持続的な運動や、《束の間の幻影》の短い性格描写を思い浮かべると、第3協奏曲の運動性と多彩な色の変化も、同じ作曲家の言葉として理解しやすくなる。演目の出典:野原論文、113頁のプログラム表と注
第3協奏曲に、日本で生まれた素材はあるのか
自伝や日記の検討から、第3楽章の主題素材と1918年の日本滞在・太平洋航路とのつながりが指摘されている。ここには、白鍵の音だけで音楽を作るという、未完の弦楽四重奏曲の構想も関わる。日本で書かれたこと、白鍵の実験から生まれたこと、日本の音楽を聴いた経験があったことは、互いに排他的ではない。
ただし「日本で扱われた主題」という成立の話と、「特定の日本の曲を引用した」という音楽上の話は、別々に検証する必要がある。似た数音の並びだけでは、引用の事実も、聴いた曲目も確定しない。
日本との関係を丁寧に聴くなら、まず第3楽章冒頭の、ファゴットと弦のピツィカートの線を覚えたい。そこに日本的な節回しを感じるかどうかを聴き、その後、和声や音色が変わると同じ旋律の印象まで変わることを確かめる。この往復は、影響の有無を即断するより、作品を豊かに聴く手がかりになる。菊間史織による成立過程の検討
4 第2楽章と《盤渉調の越天楽》――何が似て、何が確認できるのか
《越天楽》と《越後獅子》を混同しない
ここで区別しておきたいのが、雅楽の《越天楽》と、長唄の《越後獅子》である。名称は少し似ているが、異なる伝統と作品に属する。第3協奏曲との関連で従来紹介されてきたのは、主として第3楽章と《越後獅子》の類似をめぐる話である。
菊間史織は、その説の出所として野村光一の回想を挙げる一方、影響を決定的に裏づけたり否定したりする資料が見つかりにくいことを指摘している。したがって、《越後獅子》説をそのまま《越天楽》の引用説に置き換えることはできない。菊間史織「プロコフィエフの『ピアノ協奏曲第3番』は和風?」
また、《越天楽》には平調、盤渉調、黄鐘調の伝承がある。日本芸術文化振興会の解説は、これらがすべて単純な平行移調ではなく、旋律のあり方にも違いを持つことを説明している。「よく知っている《越天楽》」が、そのまま盤渉調の旋律の照合材料になるとは限らない。文化デジタルライブラリー《越天楽》、同「渡物」の解説
直接引用と断定できる根拠は確認できない
本稿で確認した成立研究、楽曲研究、公演記録の範囲では、第2楽章が《盤渉調の越天楽》を直接引用していると示す根拠は確認できなかった。プロコフィエフが来日時にその曲を聴き、協奏曲に取り入れたという一連の出来事も、ここでは史実として記すことができない。
さらに、第2楽章の主題の構想は来日以前に遡る。したがって、主題全体を1918年の日本体験から生まれたものと説明するのは難しい。一方、変奏の作業は来日後にも続いているので、古い主題であることだけを理由に、その後のあらゆる経験の関与まで否定する必要もない。成立時期が教えてくれるのは、主張できる範囲の境界である。
「第2楽章に雅楽を思わせるところがある」という聴取上の感想は、その境界の内側で十分に論じられる。ただしそれは、現時点では比較を通して音楽を理解するための解釈として扱うのが適切である。
雅楽を連想させるのは、旋律だけとは限らない
比較の入口として興味深いのは、第2楽章の第4変奏である。遅い持続音の上に、ピアノの線が浮かび、細い装飾が伸びる。低音は長い時間を保ち、その上で旋律の色が少しずつ変わる。強い属和音から主和音へ一直線に進むよりも、響きの場に留まり、その内側で揺れるように感じられる。
この部分を《越天楽》と比べるなら、特定の旋律が一致するかという問いと、持続する響きの上で線が動くという時間感覚が似て聞こえるかという問いを分けたい。後者は有効な聴き比べの観点になる。細い音の曲がりや、複数の線が完全には一つに溶けない感じを意識すると、ピアノとオーケストラの距離も聞こえやすくなる。
ただし、この第4変奏には半音のずれや、長3度を並べる響きなど、プロコフィエフの和声語法として説明できる要素がはっきりある。ピアノの均等に刻まれた音価と、雅楽の演奏における息や装飾のあり方を、同一のものとすることもできない。「似て聞こえる場所」を言葉にするほど、似ていない部分も具体的になる。
調名や五音音階だけで、日本由来とは判断できない
ある旋律が五つ程度の音を中心にしていること、半音を含むこと、四度が目立つことは、それだけで日本音楽由来の証拠にはならない。同じ特徴は、別の地域の旋律や、西洋音楽の旋法的な作曲にも現れる。
また、雅楽の「調子」を、西洋の長調・短調と一対一に置き換えると、旋律の型や楽器ごとの動きが抜け落ちる。盤渉調をある西洋音名に対応づけることと、「その音を主音とする短調だから同じ音楽である」と考えることは異なる。比較では、音の集合に加え、どの音を長く保つか、どこで息を継ぐか、どの線が並行して動くかまで聴きたい。
講演や授業で取り上げるなら、「日本の曲が隠されている」と結論を先に渡すより、第2楽章第4変奏を聴いてもらい、持続低音、旋律、装飾を別々に追ってもらう方法がよい。その後で《盤渉調の越天楽》に耳を移すと、影響の断定に頼らず、それぞれの音楽の時間の作り方を学ぶことができる。
5 和声を読む準備――T・D・Sと、プロコフィエフの「ずれ」
トニック、ドミナント、サブドミナントの基本
トニック、略してTは、調の中心に帰ったと感じる働きである。ハ長調なら、基本の主和音はC–E–G。ドミナント、Dは、そこへ向かう強い方向を作り、代表はG–B–D、七の和音ならG–B–D–Fである。サブドミナント、Sは、中心から外へ開く働きとして捉えられ、基本はF–A–Cになる。
短調でも考え方は同じだが、主音へ半音で進む導音に注意する。ホ短調のTはE–G–B。強いDを作るB–D♯–F♯、またはB–D♯–F♯–AにはD♯が含まれる。D♮を用いる旋法的な動きと、D♯によってEへ引き寄せる動きは、同じホ短調の中でも表情が違う。
この区別は第2楽章で役に立つ。調号が♯一つだからといって、そこに書かれた和音がすべて「ホ短調の普通の和音」として同じ強さで機能するわけではない。旋律の臨時記号や低音の動きによって、安定の位置が局所的にずれる。
和音の名前と、和音の働きを分ける
ある瞬間に長三和音が鳴っていても、それがその調のトニックとは限らない。長三和音が半音ずつ並ぶ場合、それぞれが別の調の主和音として確立するより、形を保ったまま色が移る効果が中心になることもある。
プロコフィエフの楽譜では、まず「縦に何の音が重なっているか」を確かめ、次に「低音がどこに留まるか」「上声はどこへ進むか」「前後で何が解決するか」を見る。この順序を踏むと、コード名を大量に書き込みながら進行の意味がわからなくなる事態を避けやすい。
特に重要なのは、和音の根音と、実際の最低音の区別である。上では明快な三和音が動く一方、低音だけは同じ音を反復する。このとき、全体を一つの通常のコードへ押し込むより、「低音の支点」と「上の和音の移動」を別々に覚えた方が、響きにも手の動きにも即している。
持続低音は、長い時間の支柱になる
持続低音、またはペダル音は、上の和声が変わっても低い音が長く残る仕組みである。主音上なら安定を保ちやすく、属音上なら帰着を待たせやすい。ただし、長く鳴る低音がすべて主音や属音とは限らない。
第2楽章第4変奏では、低音のCと、上で繰り返し現れるBの関係が、通常の主和音の落ち着きとは異なる浮遊感を生む。Cの上にBがあるからといって、直ちに「CMaj7の穏やかな響き」と決めると、間にある別の音や、旋律の独立性を取り落とす。低音がどこへ向かい、上のBがどのような重みで戻るかを聴く方が有効である。
演奏では、持続低音を弾いた後も、その響きの存在を耳の中で保つ。細かな音を一つずつ追いかけるだけだと、長い支柱が消えてしまう。聴き手が感じる落ち着きや不安は、音符の数より、こうした低音の持続から生まれることがある。
半音のずれ、三全音、長短の切り替え
この曲の特徴は、調性を完全に捨てることではなく、調性を認識できる形で残しながら、その一部を動かすことにある。明快な三和音が突然半音ずれる。低音と上声が別の方向へ向かう。長調の響きの隣に短調の響きが置かれる。似た形が、離れた調の高さで反復される。
三全音は、半音六つ分の隔たりで、通常の完全五度とは異なる強い距離感を持つ。第1楽章の打撃的な和音群では、この種の遠い関係が硬い輝きに関わる。ただし、三全音があるからすべて属七の和音、ということではない。属七和音の内部の緊張として働く場合と、二つの響きを遠く隔てる場合を分ける必要がある。
同じように、異なる調の材料が同時に聞こえる箇所を、すべて長い複調の区間と呼ぶ必要もない。短い衝突、半音での接続、持続音の上の異質な和音など、具体的な現象に名前を与えた方が、耳で確かめやすい。
この曲の和声分析を、演奏へ変える
和声を理解したら、それを強弱と時間に翻訳する。Dの緊張が続くところでは、途中で終わったように響かせない。Tへの帰着では、音量を増すこと以外に、低音の明瞭さ、発音のまとまり、響きの長さで到着を示せる。SからTへ戻る変格的な終わり方では、DからTへ押し切る終止とは違う、横から静かに収まる感覚を作れる。
機能が弱まるところでは、無理に終止を演出するより、音色の変化や声部の交代を示す。第2楽章第4変奏が、その典型になる。和音名だけでなく、「ここは到着を待つ」「ここは響きの場を保つ」「ここは半音ずれて別の色へ移る」と言えるようになれば、分析はすでに演奏上の判断になっている。
6 第1楽章――歌が走りに変わり、走りの中から歌が戻る
全体の構成を、五つの出来事でつかむ
第1楽章は、緩やかな序奏を持つソナタ形式として理解できる。ただし、再現部では材料の順番や扱いが変わるので、教科書的な「提示部をそのまま繰り返す構造」を期待すると迷いやすい。
耳でつかむなら、最初に木管の歌があり、次に速いピアノが走り、やや癖のある別の歌が現れ、中央で最初の木管の歌が大きく帰り、最後に速い音楽が圧縮されて終わる。この五つの出来事を覚えると、音符の多い箇所でも現在地を確かめやすい。
以下では便宜上、序奏の歌、走る主題、打撃的な和音群、オーボエの第2主題、三連符の終結材料、と呼び分ける。主題の数え方は、どの程度のまとまりを独立と見るかで変わる。名称の違いより、各材料が何をし、その後どの姿で戻るかを把握することが大切である。
冒頭Andante――独奏クラリネットの、伴奏のない歌
参照は二台譜PDF1頁。音楽はクラリネット一本で始まる。最初からオーケストラの厚い和音が調を宣言するのではなく、単旋律の線が空間を作る。のちに第2クラリネットが加わり、二本の線が寄り添って上昇し、弦とフルートへと響きが広がっていく。
実音でE–D–Aと進む冒頭の三音は、順次進行だけではない広がりを含む。旋律は、すべての音を均一に連ねるより、跳躍の先にある音と、その後に落ち着く音の距離を感じると、歌の骨格が見える。独奏が無伴奏だからこそ、後から与えられる和声を最初の瞬間へ過剰に投影せず、線そのものを聴ける。
この歌を「ロシア的」と感じるか、「東洋的」と感じるかは、聴き手の経験にも左右される。民謡風の輪郭があることと、特定の民謡の引用であることは別である。本稿では、借用した原曲を仮定せず、この楽章の内部で繰り返し意味を持つ序奏主題として読む。
演奏上は、dolceという柔らかさと、方向のない弱さを取り違えない。後から弦が引き継ぐとき、音量だけが増えるのではなく、一本の息が集団の歌に変わる。ピアニストも、休んでいるこの時間を内側で歌い、後のAndanteで同じ材料が戻ることを準備しておきたい。
Allegroへの移行――速さが先に現れ、独奏がその中へ入る
冒頭の緩やかな音楽の後、練習番号2でAllegroになる。弦の細かな運動が始まり、その推進の中へピアノが加わる。独奏者が自由な独白を始め、それにオーケストラがついてくる構図ではない。すでに動いている拍と運動へ、独奏が鮮やかに合流する構図である。
ピアノの登場は練習番号3、二台譜PDF2頁。跳躍のある輪郭と、細かな音が組み合わされる。音名の骨格C–F–Gは、序奏のE–D–Aを逆順に取り、音の高さを移した関係で捉えられる。速さと性格は大きく違うが、二つの主題を全く無関係な旋律として覚える必要はない。この動機関係を論じるSahlmannの研究
この関係を演奏の表情で露骨に示す必要はない。むしろ、長い歌と短い運動が、同じ音程の発想から生まれうることを知ると、急激な場面転換の中にも統一感を持てる。作品の分析と演奏解釈は、必ずしも一つの理論をそのまま強調する関係ではない。
ピアノの主題――全部の音を「主旋律」にしない
独奏冒頭で注意したいのは、強弱の切り替えである。最初の勢いを、その後の細かな音すべてに持ち込むと、主題の身振りが重くなる。譜面にはfとpの対比、アクセント、スラーのまとまりがあり、発話の輪郭が細かく指定されている。
旋律を見つけるには、右手を最初から最後まで同じ音量で弾くより、長めの音、アクセントの音、跳躍の着地点を抽出して歌う。その間をつなぐ短い音は、線の運動を生む役目として戻していく。さらに左手だけを聴き、オーケストラの動きにどこで寄り添い、どこで独立しているかを確認する。
ここではハ長調の中心を感じられるが、途中に別の色が次々に差し込む。Cという主音の存在を覚えることと、すべてをハ長調の平凡な音階として処理することは違う。調の中心が明るいほど、その外から来る音の尖りが際立つ。
指の運動としては短い単位でも、フレーズは数小節をまたいで進む。細かな音を均等にそろえる練習と、長い一文として歌う練習を往復すると、正確さと推進が結びつく。
第1主題群の後半――和音の衝撃が、独立した性格になる
二台譜PDF6~8頁、練習番号8以降では、両手の和音と跳躍が前面に出る。先ほどの滑らかな運動とは異なり、ピアノの打撃性が強く示される。小さな伴奏の身振りが、独奏の大きな身振りへ拡大されたように聴ける。
和声では、三和音や七の和音として読める形があっても、それらが通常の五度進行だけで連結されるわけではない。遠い根音関係、低音と上の和音の食い違い、半音の進行が、硬い輪郭を作る。和音を一つずつ名前で覚えるのと同時に、「二つの響きが交替する」「交替の位置が拍の裏にずれる」といった運動の型をつかみたい。
ここでのアクセントは、ただ大きく弾く指示にとどまらない。どちらの和音が文の重心で、どちらが反発する音なのかを示す。オーケストラとの受け渡しに休符が挟まる箇所では、休符まで含めて身振りが完成する。音を長くつなぎすぎると、和音の衝突とシンコペーションの両方がぼやける。
演奏では、腕の重さを毎回押し込み続けるより、一つの和音から次の位置へ移る準備を早く作る。音の激しさを、身体の固さへ置き換えないことが必要になる。ペダルは和音群の関係が聞こえる深さを探し、低音の濁りで上声の輪郭を消さない。
独奏の短い行進――第2主題への橋
練習番号12付近、二台譜PDF8~9頁では、オーケストラが退き、ピアノの短い和音の歩みが目立つ。低音の支点の上で和音が移り、次の旋律のために空間を整理する。大きなカデンツァではないが、独奏が一時的に場面を運ぶ重要な箇所である。
この歩みを前の大音量の続きとして弾くと、オーボエの新しい主題が唐突になる。ここから、音楽の大きさだけでなく、足取りも切り替える。低音がどこに留まるか、上の和音がどこで半音変わるかを聴き、次の歌への距離を作る。
オーボエの第2主題――柔らかさに、癖が混じる
練習番号13、二台譜PDF9頁。オーボエと弦のピツィカートを中心に、イ短調の第2主題が現れる。ハ長調の通常のソナタ形式なら、属調のト長調を予想しやすいところで、平行短調のイ短調へ向かう点が耳を引く。
旋律には、すらりとした歌の中に少し意外な音程や半音の動きがある。弦のピツィカートの短い響きも、情熱的な長いレガートとは異なる距離感を与える。優美さと、どこかとぼけた足取りが共存する主題と考えられる。
ピアノが引き継ぐのは練習番号14以降。装飾が増えても、主題の本体は長めの音の連なりに残る。まずオーボエの形を歌い、次にピアノの装飾を外して同じ骨格を弾く。そうすると、装飾の頂点の音が毎回旋律の重心ではないことがわかる。
和声ではイ短調の中心と、その周囲を滑る半音を分けて聴く。A–C–Eの安定を基準にし、Eを根音とする属和音がAへ向かうところでは方向を感じる。ただし、隣接するすべての和音をイ短調のI・IV・Vだけで説明しようとすると、和音の色の変化が見えなくなる。主音・属音の支柱と、表面のずれの二層で読むとよい。
第2主題の中ほど――主旋律と、ねじれる装飾
二台譜PDF10~12頁では、主題の断片、オーケストラの応答、ピアノの曲がりくねった線が重なる。旋律を一つの楽器の中だけで探していると、受け渡しのたびに見失いやすい。
練習では、最初にPiano IIの旋律を弾きながら、Piano Iのどの音がそれに応答しているかを確認する。次に、Piano Iの最上声だけを取り出し、旋律の続きなのか、和声の充填なのか、装飾なのかを見分ける。弾きやすい運指のまとまりと、耳が追うべきフレーズのまとまりは、必ずしも一致しない。
ピアノの動きが増えても、オーケストラ側の歌が前面にある箇所では、独奏の細音を少し奥に置く余地がある。協奏曲だから常に独奏が主役、という思い込みを外すと、響きが立体的になる。
Più mosso――三連符が作る、終結への波
練習番号18、二台譜PDF12頁から、三連符を中心とする走句が前面に出る。上昇と下降が交替し、音域が開き、オーケストラの和音が方向を支える。細かな音の列が、まとまった波として聴こえる部分である。
白鍵を中心にした骨格へ半音の音が入り込むため、すべてを無差別な半音階のように弾くと色の差が消える。どこが音階の大きな輪郭で、どこがそこに触れる装飾音なのかを見分ける。上昇するたびにクレッシェンド、下降するたびにディミヌエンドと機械的に決めるより、オーケストラの低音と和声の変化に合わせて長い弧を作りたい。
途中には、指は激しく動いているのに、和声の進行は一時的にその場に留まる場所がある。ここで「細かい音が多いから常に前へ進んでいる」と感じると、中央のAndanteへ向かう大きな蓄積を見失う。音型の速さと、和声が変わる速さは別々に聴く必要がある。
中央のAndante――序奏が、別の重さで戻る
練習番号26、二台譜PDF19頁でAndanteが戻る。冒頭の歌が、今度は大きなオーケストラの響きで現れる。最初の無伴奏のクラリネットを覚えているほど、同じ旋律が持つ重さの変化がよくわかる。
ここは、速い音楽の途中に新しい緩徐楽章が挿入されたのではない。第1楽章の最初に置かれた材料が、楽章の中央の展開を担う。つまり、序奏は単なる前置きではなかったのである。
大きな提示の後、再び音が薄くなり、クラリネットの線が聞こえる。さらに練習番号28以降では、ピアノが主題を歌い、別の声部が時間をずらして追いかける。旋律の入口をそれぞれ聴き分けると、長い音と三連符の伴奏が一枚の響きに埋まらなくなる。
この追いかけを理解する練習では、二人の歌い手がいるつもりで、片方の旋律を声に出しながら、もう片方を弾く。ピアノの右手の形だけを覚えるより、音楽の進行がはるかに確かになる。フレーズの重心が小節線と常に一致するわけでもないので、小節ごとに区切り直さず、旋律の文法を優先したい。
Andante後半――和音の色が動き、速い音楽への圧力が増す
二台譜PDF21~24頁では、ピアノの上昇する分散和音や、半音を含む線が、持続するオーケストラと重なる。ここでも、ピアノの走句の頂点と、和声の到着点が同じとは限らない。
たとえば、短三和音や長三和音が互いに近い半音の声部移動で接続されると、表記上は離れた調の和音でも、耳には滑るようにつながる。コード名だけで距離を判断するより、一つ前の和音からどの音が残り、どの音が半音動くかを確かめると、手の形も記憶しやすい。
二台譜PDF22頁付近では、B♭mとAmの交替、さらにE♭の響きが、この色の移りを具体的に示す。B♭mをB♭–D♭–F、AmをA–C–Eとして比べると、三つの構成音がそれぞれ半音下へ動く関係になる。五度関係の根音が作るDからTへの解決とは異なり、和音全体が半音で滑ること自体に強い効果がある。実際の広い配置と管弦楽の線を加える前に、この三音ずつを弾き比べると耳で確かめられる。
上昇の後には下降があり、トリルや音価の拡大によって緊張が保たれる。ここを自分の走句の完了だけで落ち着かせず、次にオーケストラがどのようにAllegroの運動を再開するかまで、一続きで感じておきたい。
Allegro再開から再現部へ――帰還には準備がある
練習番号32、二台譜PDF24頁でAllegroが再開する。まず冒頭の速い移行材料が戻り、しばらく推進した後、練習番号36、PDF28頁でピアノの主要な主題がはっきり帰ってくる。Allegroへ戻った瞬間と、主題の再現が始まる瞬間は分けて聴くとよい。
この区別は暗譜にも役立つ。テンポの帰還だけを目印にすると、似た音型の長い区間を一つの塊として覚えることになる。オーケストラが先に運動を作ること、独奏主題がその後で入ること、そこでどの低音が支えるかを、別々の目印にする。
再現部は、提示部の写しにならない
練習番号39、二台譜PDF30頁ではPoco meno mossoとなり、終結材料に由来する細かな運動が大きな位置を占める。速さの指示は少し抑えられるが、音符の密度は増すため、聴感上の活動は強い。テンポを落とすことと、音楽のエネルギーが落ちることを同じに考えない場面である。
ピアノの走句の上や、オーケストラの中に、主要主題の断片が現れる。独奏の派手な音型だけを聴くと「似た技巧が続いている」と感じるが、その下や向こう側では、すでに知っている材料が組み直されている。
ここでは両手を交替させる和音や、上声と下声の間を素早く行き来する音型が、旋律の追跡を難しくする。手ごとに音をまとめる練習をした後、両手をまたいで同じ声部をつないでみる。身体の担当分けから、耳の担当分けへ一度読み替えることが必要になる。
第2主題の強烈な再現――優美な歌が、和音の塊になる
二台譜PDF37頁付近では、第2主題が大きな和音で戻る。提示部のオーボエとピツィカートの細い身振りに比べると、音域も密度も発音も大きく変わっている。調の色も、提示部のイ短調から、ハ短調を中心とする暗い響きへと変わる。
同じ旋律であることを伝えるには、すべての和音を同じ重さで叩くより、その最上声の線と、フレーズの句読点を保つ。重厚な和音の場面でも、旋律の始点、折り返し、終点が必要になる。
ただし主題は落ち着いて完結するとは限らず、途中で別の材料が入り、短い開始が繰り返され、音楽は終結へ押し出される。再現したから安心して長い歌へ収めるのではなく、既知の主題が圧縮され、別の推進に巻き込まれる過程として聴きたい。
コーダ――大きな音より、最後まで残る拍の明晰さ
終わりでは速い移行材料が再び働き、ハ音を強く確定する終結へ向かう。二台譜PDF41~43頁。最終音では、長三和音の三度を長く味わう終わり方より、Cのオクターヴの断定的な強さが目立つ。最後の数ページを全力の一色で弾くと、到着以前に頂点を使い切りやすい。低音、アクセント、オーケストラの入りを目印に、最後の着地まで段階を残す。
長い独奏カデンツァを置かず、オーケストラとの応答と、独奏の短い突出を連続させて楽章を進める点も、この曲の推進力につながる。ピアニストだけで完結する技巧を目指すより、ほかの楽器に何が起きているかを知るほど、入りと終わりが明確になる。
第1楽章の練習で最初に確かめたいのは、冒頭のクラリネット、ピアノ登場、オーボエの第2主題、中央Andante、主要主題の再現、第2主題の和音による再現の六か所である。この六点を音の記憶で結べれば、間の技巧を音楽の経路として整理できる。
7 第2楽章――一つの主題から、五つの異なる時間が生まれる
変奏曲として、何を追えばよいのか
第2楽章は、主題、五つの変奏、主題の回帰によって作られている。変奏のたびに表面の性格が大きく変わるので、すべての音を覚えようとするより、変わらない要素を先に見つけるとよい。
第一に、旋律の冒頭の上行四度。第二に、その後を進む短い音のまとまり。第三に、半音で色を変える線。第四に、フレーズを収める終わり方である。このうち何が残り、何が拡大され、何が別の声部へ移るかを聴くと、変奏が独立した小品の寄せ集めではなくなる。
主題がどの声部にあるかは、変奏ごとに一定しない。ピアノが主題を明確に歌う場合も、オーケストラが断片を保ち、ピアノが周囲をかき回す場合もある。主題がそのままの音程で聞こえない変奏では、輪郭、リズム、低音の進み方が、つながりを支えている。
主題Andantino――小さな歩幅に、半音の影が差す
参照は二台譜PDF44~45頁、印刷54~55頁。主題はオーケストラが提示し、独奏ピアノはまだ入らない。木管の旋律と、短く刻む弦の伴奏によって、ホ短調の慎ましい歩みが始まる。
旋律の入口は、短い同音の呼びかけから上行四度へ開く。まず、この上がる身振りを覚えたい。続く音には、半音の変化が含まれる。旋律は歌いやすいが、素直なホ短調の音階だけで最後まで進むわけではない。
伴奏は、幅広いロマン派的な波ではなく、短い発音と規則的な歩みを持つ。その上に、旋律の長い音が載る。この長短の組み合わせが、少し人形めいた表情や、慎ましい行進を連想させる。そうした比喩は聴き方の手がかりであり、作曲者が特定の人形や行進の情景を描いたという意味ではない。
全体は、最初の部分、中ほどの展開、最初の部分の戻り、という小さな三部のまとまりとして聴ける。中ほどでは旋律の受け渡しや半音の進行が増え、戻りで既知の輪郭が確かめられる。最後に短い終止の付け足しがあり、この終わり方が変奏の後にも意味を持つ。
主題の和声――ホ短調を軸に、導音と半音の線を聴く
ホ短調の主音E、属音Bを基準にすると、主題の大きな安定は把握しやすい。しかし、その安定の上では、D♯とD♮のような半音の差や、短い和音の交替が表情を変える。調号だけを見るのでなく、同じ音名が上がったり戻ったりするところを耳で確認したい。
主題の終わりには、サブドミナント側から主和音へ戻る変格的な性格がある。ホ短調で言えば、Amが担うSから、EmのTへ収まる感覚が手がかりになる。実際の声部の装飾や転回を省いた骨格として、横からそっと閉じる終止と捉えられる。
この終止を、強い属七から主和音へ落とす終止と同じ調子で歌うと、主題の控えめな性格が変わる。Sの響きにどれだけ重みを残し、Tにどのくらい静かに収めるか。分析を音の長さや呼吸へ移す余地が、すでにここにある。
ピアニストの準備としては、主題全体を単旋律で歌えるようにし、その次に低音だけを弾く。最後に両者を重ねる。装飾のない原型を身体に入れておくことが、その後の難しい変奏で最も効く。
第1変奏――同じ主題が、なめらかな独奏へ変わる
練習番号55、二台譜PDF45~47頁。L’istesso tempoは「同じ速さで」の意味であり、直前までのAndantinoの脈を引き継ぐ。独奏は低いトリルから、長い上昇を経て主題へ入る。
入りの音階が大きく広がるため、ここを独立した自由なカデンツァとして長く引き伸ばしたくなることがある。けれども、その向こうに主題の歩みがあることを忘れない。音階は、主題を迎えるための息を大きく吸う動作として捉えられる。
主題の提示はレガートになり、原型より柔らかく、少し感傷を帯びる。和声も一時的にヘ長調を思わせる明るい色へずれ、元のホ短調の主題とは距離ができる。ここでは、主題が同じであることと、気分が同じであることが切り離される。
ピアノの中には主題の長い音と、細かく動く装飾が共存する。旋律の音価が長いからといって、ただ最初だけ強く弾き、後は指の運動に任せると、線が途中で消える。装飾を弾いている間も、長い音の続きを耳で保ちたい。
後半で主題がオーケストラ側へ移ると、ピアノは細かな反復やトリルで光を添える。ここでは旋律の所有者が変わる。ピアノの音量を一定に保ったまま「自分が主題を弾き続けている」と感じると、管弦楽の線を覆ってしまう。
第1変奏の練習――歌と飾りを、一度分ける
まず主題の骨格だけを、十分なレガートで弾く。次に、装飾を足してもその線が同じ速度で歌われているかを確かめる。速い音だけが急ぎ、長い音だけが取り残されると、二つの時間が離れてしまう。
両手の分担と旋律の所在も一致するとは限らない。内側の声部に続く音や、伴奏の上に静かに残すべき音は、手の形から独立して耳で結ぶ。練習の録音を聴き、装飾を知らない人でも主題をたどれそうか確認すると、バランスを判断しやすい。
終わりの変格的な閉じ方では、次の変奏の開始が重なる。第一変奏を完全に終えて息を切り、それから第二変奏を新しく始めるのではなく、閉じる動作と新しい運動が重なり合う接続を意識する。
第2変奏Allegro――主題は、嵐の外側にも残る
練習番号58、二台譜PDF48~51頁。ピアノにはtempestoso、嵐のようにという性格が与えられる。急速な下降・上昇と分散した音型が一気に広がり、前の変奏の親密な声は消えたように聞こえる。
ここで主題を探すとき、ピアノの速い音だけを追ってはいけない。金管などの管弦楽の声部に、長めの音価で主題の形が現れる。ピアノが風景の大半を占めるように動く一方、主題の輪郭はその向こう側で進む。
和声の聴きどころは、安定した一つの短調の中で嵐が起きるのではなく、低音の反復、金管の異なる高さの主題、独奏の動きがぶつかるところにある。主題は嬰ハ短調の色を帯びて現れ、冒頭のホ短調から距離を取る。
低音と上の声部が別のものを主張するように聞こえる箇所では、すべてを同じ主和音・属和音の進行へ還元するより、それぞれの線を別々に聴き、重なったときに何が尖るかを確認する方がよい。声部の独立が、響きの荒さを作っている。
第2変奏の演奏――音の量を、主題の量と取り違えない
独奏の走句は、それ自体の頂点と終点を持つ。それでも、管弦楽の主題が続いている間は、ピアノの一つの走句の終わりを全体の終止にしない。腕の移動、音域の切り替え、和声の到着を別々に整理することが必要になる。
合わせでは、ピアニストがどの管楽器の入口を聞くかをあらかじめ決める。全部の音を同時に聞こうとするより、ある区間は低音、次は金管の長い線、というように注意を切り替える。そのうえで自分の細かい音を配置する。
この変奏は激しさのまま終わらず、終盤に急な上昇と強い和音があり、その後に低い弦のピツィカートの下降や短い終止が現れる。大きな波が静かに引くところまでが一つの変奏である。最後だけ急に気を抜くと、次の変奏へつながる小さな歩みが失われる。
第3変奏Allegro moderato――拍とアクセントが、別々に進む
練習番号63、二台譜PDF52~56頁。12/8拍子で、ピアノに三連の運動が現れる。第2変奏より少し抑えた速さだが、角張ったアクセントによって緊張はむしろ鋭く感じられる。
ここでの問題は、単に「三連符を速く弾く」ことではない。ピアノのアクセントが拍の基本的な重心からずれ、オーケストラの規則的な歩みと摩擦を起こす。低音は進行の足場を保ち、ピアノはその足場を横から押すように動く。
旋律を見つけるには、まずアクセントの付いた音だけを抜き出す。次に、その音の前後の短い音が、どこから来てどこへ向かうかをつなぐ。音符をすべて均等に弾くと、書かれたリズムの角が丸まり、独特の不安定さが消える。
一方で、アクセントのたびにテンポまで揺らすと、オーケストラの規則性との対立が成立しない。拍は保ち、発音の重みをずらす。耳の中に、静かに続く大きな拍と、表面のずれた強調の二つを置く必要がある。
第3変奏の和声と、主題の変形
この変奏では、主題の旋律を最初からそのまま歌い直すより、主題の半音の要素や音程の身振りが、新しい角張った材料へ作り替えられる。さらに中ほどでは、元の主題に含まれていた部分の関係が組み替えられる。
低音の反復や半音の下降を追うと、ピアノの高低の跳躍に惑わされにくくなる。縦の和音が複雑なときも、低音の線だけなら、進行の重心がつかめる場合がある。低音を歌ってから上の声部を加える練習は、ここで特に有効である。
中ほどには、最初の角張りとは異なる、和音をまとめて進める場面がある。その後、最初の性格が戻るので、一つの強さで全体を弾き通すより、どの材料の戻りなのかを示すと構成が伝わる。
終わりには、主題の閉じ方を思わせる和音が現れ、その響きが少し変えられる。同じ終止の型が、同じ和声ではない姿で再使用されるのである。形の反復と、色の変化を一緒に聴きたい。
第4変奏Andante meditativo――時間が広がり、主題が遠くなる
練習番号69、二台譜PDF57~60頁。meditativoは瞑想的な性格を示す。前の変奏の鋭い運動から、響きの内側を聴く時間へ切り替わる。ピアノの細い線と、弱く持続する弦の音が、広い空間を作る。
冒頭で特に目立つのは、低いCの持続と、上で重みを持つBの関係である。主題の上行四度に対応する身振りは、ここではより大きなオクターヴへ広がる。原型の慎ましい呼びかけが、遠い距離を隔てた声へ変わると捉えられる。
この変奏では、調を一語で決めるより、低音の支点と旋律の中心を別々に見る方がわかりやすい。上声はある音に戻り、低音は別の音に留まる。その間を、半音や長3度を含む響きが揺れながら通る。
第4変奏の和声――長3度の並行と、半音ずれた景色
原型の短い動きは、長3度を伴って進む姿にもなる。長3度の重なりや並行は、通常の短調の機能進行だけでは得にくい、全音音階的な色を感じさせる。ここでいう全音音階的とは、全区間が厳密な六音の音階だけで作られるという意味ではなく、響きの特定の部分にその性格が現れるということである。
さらに、最初の一まとまりが別の高さへ移る。低音の支点と旋律の中心が半音ずれるだけで、同じ形が別の光の中に置かれたように聞こえる。TからDへ進み、DがTへ解決するという筋道より、同じ響きの構造が別の高さで現れる関係が前面に出る。
そのため、和音が変わるたびに大きなクレッシェンドやリタルダンドを加えると、細かな色の移りが過度に劇的になる。旋律が長く残す音と、伴奏の規則的な動きを保ち、その中で少しずつ場所が変わる感じを聴かせたい。
《盤渉調の越天楽》との聴き比べを試すなら、この持続する場、ゆっくり動く線、細かな装飾の重なりに注目できる。ただし、ここにある長3度の響きや半音での移動は、楽譜から直接読み取れるこの作品自身の仕組みであり、引用を証明するものではない。
第4変奏の旋律――いちばん高い装飾音だけを追わない
ピアノの右手には、長い音の線と、それをつなぐ細い音がある。delicatissimoと書かれた装飾を全部前に出すと、旋律が途切れ、短い光の点だけが並ぶ。長い音に始まり、次の長い音へ渡る線を保ちながら、間の細音を置く必要がある。
左手も単なる無色の伴奏ではない。繰り返す形が、和声の色と脈を生む。ただし、それが主旋律を押しのけると、瞑想の場が伴奏型の練習曲に変わってしまう。右手の長い線、左手の規則的な動き、オーケストラのさらに長い持続という、少なくとも三つの時間を聴き分ける。
オーケストラにも旋律の応答や模倣がある。ピアノの一文が終わった直後、別の楽器がそれを受ける箇所では、音を消すタイミングが次の声を決める。ペダルは響きを支えると同時に、受け渡しを隠してしまうこともある。会場で残響を確かめ、線の交代が聞こえる深さを選びたい。
第4変奏の拍子――自由に聞こえても、長さは設計されている
4/4を基準に、2/4や3/2などの拍子が差し込まれる。これは、演奏者に任せた無制限の揺れではなく、フレーズの伸縮が楽譜の長さとして書き分けられていることを意味する。
練習では、まず拍を厳密に数え、どの長い音が何拍続くかを明確にする。その後で、音価の内側に呼吸を与える。最初から雰囲気だけで遅く弾くと、書かれた拍子の変化と自分で加えた間の区別がつかなくなる。
この変奏は、主題の後にあった短い終止を同じように置いて閉じるのではなく、響きをほどきながら次へつながる。はっきりした終止を補ってしまうと、次のAllegro giustoが、遠くから動き始める効果を弱める。
第5変奏Allegro giusto――上行するピアノと、歩く低音
練習番号74、二台譜PDF61~67頁。giustoは、きちんとした、正確な性格の速さを示す。瞑想の後、規則的な歩みが再び前面へ出る。
ピアノは低いところから、細かな上行の身振りを積み上げる。主題の上行四度の発想が、新しい音型の中で働いている。一方、ファゴットとピツィカートを含む管弦楽の反復は、独奏とは異なる足取りを保つ。
ピアノの一つ一つの小さな動きは上へ向かっても、楽章全体がすぐに頂点へ到達するわけではない。音域、強弱、和声の圧力が少しずつ加わる。冒頭で飛ばしすぎると、後に続く長い増大を作れなくなる。
ここでは、一拍の大きさと、その内部の短い音の配置を分ける。細音のために大きな拍を失うと、オーケストラの歩みとずれやすい。大きな拍を保ったまま、小さい動作を軽く置ける速さから作るとよい。
第5変奏の中ほど――旋律が、和音の下側へ隠れる
この変奏には、和音や分散した形の下側の音をつなぐと、主題の変形が見えてくる箇所がある。右手の最上音を常に旋律と考える習慣では、ここを見落とす。
練習では、和音を一度すべて弾かず、最低音だけをつないで歌う。そこに原型の音程や輪郭が感じられるかを確かめる。次に上の音を戻すと、上声が飾りや和声の充填となり、下側が言葉を運ぶ関係を作りやすい。
同じように、ピアノの分散和音の上で、オーケストラが短い新しい身振りを示す場所もある。どの瞬間も主題が同じ形で鳴り続けるわけではない。原型の引用、変形、新しい接続材料が混在し、その全体が一つの増大を作る。
第5変奏の後半――和声の速さを聴き、主題回帰を待つ
持続する低音の上で反復が続き、やがて低音が半音を含んで下降する。表面の活動は絶え間ないが、低音の進行を追うと、どこから帰還への方向が強まるかがわかる。
この長い過程を、何度も似た形を繰り返す難所としてだけ記憶すると、弾いている途中で位置を失いやすい。低音の支点、音域の段階、オーケストラの和音の変化を目印に区切る。指の形が似ていても、和声の場所が違えば、音楽の役割は違う。
帰着先は、元の主題のホ短調である。そこへ向かう長い時間を作ることで、主題の再登場が単なる繰り返しではなく、旅を経た帰還として聞こえる。
主題の回帰――ピアノが動き、オーケストラがゆっくり歌う
練習番号83、二台譜PDF68~71頁。Temaと記され、主題が戻る。ピアノは軽い和音の反復を続け、オーケストラが長い音価で原型を示す。ここは、主題の所在を誤りやすい代表的な箇所である。
ピアノの上声にも目立つ線はあるが、最初に覚えた主題を確かめるなら、まずPiano IIの遅い音を追う。独奏の反復と、管弦楽のゆっくりした歌が別々の速さで進むことが、この戻りの表情になる。
L’istesso tempoは直前の速度関係を保つ指示で、主題冒頭のAndantinoへ単純にメトロノームを戻すという意味ではない。主題の音価が大きくなるため、速い脈の上でも、歌はゆったりと聞こえる。テンポと、旋律が進む速さを分けて理解する必要がある。
演奏では、ピアノの和音をすべて重く置くと、管弦楽の主題が聞き取れなくなる。軽い発音の中にも音程の線を保ち、オーケストラが息をする場所を聞く。独奏が一歩奥に下がることで、変奏を通過した主題の姿が前に出る。
第2楽章の最後――長調の響きに、短調が答える
終盤では、主題の終止に関連した身振りが、オーケストラとピアノの間を行き来する。最後のMolto meno mossoでは、管弦楽がホ長調の和音へ収まり、その後、ピアノがEとGの短三度を含む、ホ短調の響きを置く。
ここで耳にしたいのは、G♯とG♮の差である。根音Eを共有しても、三度が変われば、最後の表情が変わる。ドミナントからトニックへ進む根音のドラマだけではなく、同じ中心の長短の差が結末を作る例である。
最終和音を、ただ「短く弱く終えるための音」として処理すると、この応答が聞こえなくなる。オーケストラの長調の余韻に、自分の短調がどのように触れるかを聴く。前の響きをすべて消すのか、残響の中で色を変えるのかは会場の条件にもよるが、長三度と短三度の違いが知覚できることを目標にしたい。
第2楽章の変奏を最短で把握するなら、主題の原型、第1変奏のレガート、第2変奏の嵐と金管の主題、第3変奏のアクセントのずれ、第4変奏の持続する空間、第5変奏の規則的な増大、そして主題回帰の二つの速さを、順に耳へ入れる。この性格の順序が、楽章の記憶を支える。
8 第3楽章――イ短調の対話から、ハ長調の結末へ
全体の形――速い外側と、広大な抒情の中間部
第3楽章は、冒頭の活動的な音楽、中央の長い抒情的な音楽、活動的な材料の回帰とコーダ、という大きな三部の配置で捉えると見通しがよい。冒頭の材料が何度も現れるので、局所的にはロンド的な反復も感じられる。形式の名称を一つに決めるより、何が回帰し、何が一度きりの大きな領域を作るかに耳を向けたい。
この楽章の調性上の大きな特徴は、作品全体のハ長調で始まらないことである。冒頭の中心はイ短調。中央の抒情的な主題は嬰ハ長調という遠い色を持ち、そこからいくつもの高さを巡る。最終的にハ長調が確立するとき、その明るさは出発点から与えられていたものではなく、楽章の経過が生み出した到達点になる。
冒頭Allegro, ma non troppo――ファゴットとピツィカートの声
参照は二台譜PDF72頁、印刷82頁。ファゴットと弦のピツィカートを中心とする、低い音域の主題で始まる。短い発音、繰り返しの足取り、跳躍を含む節回しが、少しぶっきらぼうな性格を作る。
ma non troppoは「しかし速すぎず」。音符が軽く跳ねるからといって最初から飛ばしすぎると、後の重い和音や長い増大が窮屈になる。冒頭で必要なのは、十分な弾力と、音型の言葉がわかる速さである。
日本的な響きとの関係を聴くなら、ここが最初の手がかりになる。ただし、白鍵で弾ける音の材料を使うことと、厳密な五音音階だけで旋律ができていることは同じではない。さらに、同じ旋律でも低音と和声が変われば、民謡風にも、近代的にも聞こえる。音の並びだけでなく、伴う響きまで含めて聴く必要がある。
ピアノの登場――別の性格が、会話へ割って入る
練習番号88でピアノが大きく上がり、その後、強い和音の身振りを示す。管弦楽の短い主題の続きを、同じ口調で歌う入口ではない。別の体格、別の声色を持つ相手が現れたように響く。
作曲者自身の解説では、この楽章はピアノとオーケストラの議論にたとえられている。この比喩は、二者の違いを聴くうえで役立つ。ただし、互いにずっと反発しているわけではなく、同じ材料を引き受けたり、別の方向から支えたりすることもある。作曲者の解説を収録したLouis Biancolliの著書
冒頭のイ短調の世界に対し、ピアノの強い身振りはト短調の色や、異なる和音の足場を示す。二者の違いは、音量だけでなく、調の中心や発音の仕方にもある。ピアノが出た途端にすべてを重い同じ拍へそろえると、この対比が平板になる。
演奏では、上行の入口から和音の着地までを一つの勢いで準備し、着地後の短い音を明瞭にする。大きい和音を強く弾くことに集中しすぎて、前後の休符や、管弦楽の返答を覆わないようにしたい。
冒頭部分の組み立て――短い主題が、異なる高さで交錯する
二台譜PDF73~80頁では、管弦楽の主題、独奏の和音の身振り、さらに流動的なピアノの材料が組み合わされる。同じ旋律の頭が別の調で入り、他方の線が違う方向を保つこともある。
この種の書法では、縦に生じた複雑な響きを、毎回一つの通常のコードとして丸暗記するのは効率が悪い。まず各声部が何を反復しているかを見て、それぞれの入口を覚える。その上で、重なった瞬間の特徴的な音程を確認する。
二台ピアノで練習する場合、Piano IIの低い主題を単旋律で弾き、Piano Iのどの音にぶつかるかを確かめると、音の組み合わせが記憶に残る。「ここは何となく不協和」という印象を、「低い線はこれ、独奏はこの和音」と具体化するのである。
主題の受け渡しが増えるところでは、誰が話し始めたかを示す発音が重要になる。すべての入口を同じ重さで弾くのではなく、前の声を受けるのか、遮るのか、新しい話題を出すのかを、実際のスラー、アクセント、強弱から判断したい。
流れる独奏の材料――強い和音の間に、別の身軽さがある
冒頭の大きな和音だけを第3楽章の性格と考えると、その後の細かな音の流れを過剰に重く弾きやすい。ここには、跳躍の衝撃とは違う、走り抜けるような身軽さがある。
同じ輪郭がイ短調から別の短調の高さへ移されると、指の形が似ていても和声の位置は変わる。移調されたまとまりごとに、最初の低音、上声の到着音、最後の和音を覚える。途中の音をすべて個別に記憶するより、似ている部分と違う部分を整理できる。
また、ピアノの細かい音の間に、管弦楽の最初の主題が戻る。独奏の運動を前面へ出し続けると、その再来が見えにくくなる。旋律の担当が戻ったときに音の奥行きを変えると、楽章の中での既知の材料が聞こえやすい。
Poco più mosso――反復の圧力を、長い段階で作る
二台譜PDF81頁、練習番号100からPoco più mosso。冒頭の材料の短い単位が反復され、次第に音域と密度が大きくなる。後にはオクターヴの反復や、強い和音の応答が続く。
この部分は、体力の使い方も構成の一部になる。最初の反復から最大の重さを出すと、後半で必要な拡大が残らない。小さな単位の正確さを保ったまま、何回目から音域が広がるか、金管や低弦がどこで厚くなるかを目安に段階を作りたい。
長い増大の後、音は間引かれ、休符が増え、中央の抒情へ向かう。激しさを急に止めるだけでなく、発音の間隔が開いていく過程を聞かせると、次の長い旋律が別の空間として現れる。
Meno mosso――嬰ハ長調の、遠い抒情
練習番号110、二台譜PDF85頁後半。木管を中心に、幅広い抒情的な主題が現れる。冒頭のイ短調からは、長調・短調の別だけでなく、調の高さそのものにも隔たりがある。嬰ハ長調の主和音C♯–E♯–G♯が作る明るさは、冒頭の白鍵を中心とする世界とは異なる。
この部分は、フィナーレの途中の短い息抜きにとどまらない。長く展開され、何度も別の和声や音色で姿を変える、楽章のもう一つの中心である。ここで旋律を十分に聴かせることが、終わりの活動性を大きく感じさせる。
最初、ピアノは休む。独奏者が弾いていない間も、音楽の最も重要な出来事は進行している。木管の歌の入口、長い音の行き先、低音の移りを、独奏者も身体の中でたどる必要がある。
抒情主題の和声――遠い調にも、局所的な重力がある
全曲のハ長調から見ると嬰ハ長調は遠いが、その場所に入った後は、主和音と属和音の方向を感じられる。嬰ハ長調のTはC♯–E♯–G♯、Dの基本はG♯–B♯–D♯、属七ならF♯を加える。Sの基本はF♯–A♯–C♯となる。
これらは、この長い領域を読むときの基準であり、全小節がこの三和音だけでできているという意味ではない。まず局所的な主音C♯を耳に置き、そこからどこで離れ、どこで別の中心へ滑るかを見ると、調の多さに圧倒されにくい。
♯の多い和音を鍵盤上の形だけで覚える場合にも、E♯を単にFと同じ鍵として読むだけで終えない。嬰ハ長調の三度として、どの響きの明るさを作る音なのかを知ると、旋律や和声のつながりが理解しやすくなる。異名同音は鍵盤上の位置を助け、綴りは音楽の関係を助ける。
ピアノの別の歌――同じ抒情を、そのままなぞらない
練習番号114、二台譜PDF86頁から、ピアノは異なる性格の線を始める。規則的な低い反復の上で、細い単旋律が同じ音へ戻り、装飾や半音の屈折を含みながら進む。
ここは、木管の長い旋律を独奏が甘く引き継ぐ場面としてだけ読むと、作曲された違いが見えにくい。ピアノの声は、少し乾いて、短い発話を重ねるように響かせる余地がある。ただし、無表情に弾くという意味ではなく、オーケストラの大きな歌とは異なる語り方を保つのである。
低音の反復は、単なる拍の印ではない。上の線が半音で動いても、下の支点が残ることが、この箇所の静かな緊張になる。左右を一緒に歌わせすぎず、上の線の呼吸と、下の規則性を別々に作るとよい。
後には木管がこの線に応答し、トリルや持続する音が次の回帰への橋になる。独奏の一つの旋律が、オーケストラの別の声に移るところまでを聞くことが必要である。
Pochissimo meno mosso――主題が戻り、独奏がその周囲を包む
練習番号119、二台譜PDF89頁。抒情主題がホ長調の色で戻り、ピアノは分散和音や和音の動きでそれを包む。原型の嬰ハ長調からの移動によって、同じ旋律が別の距離で聞こえる。
ここで主旋律を確かめるなら、まずチェロなど、管弦楽の長い線を追う。ピアノの最上音には別の動きがあり、音の数の多さによって耳がそちらへ引かれやすい。独奏の和音がどれほど魅力的でも、長い主題が進む時間を消さないことが重要になる。
ピアノの中でも、保持する音、和声を満たす音、細かく通過する音の役割が分かれる。どの音も同じ長さ・同じ強さで鳴らすのではなく、指の保持とペダルの保持を使い分ける。ペダルだけで全部をつなぐと、和声の色が変わる場所が聞こえなくなる。
調と音色を変えながら、抒情が拡大する
中央の主題は、さらにハ長調を含む異なる調の場を通り、音域と伴奏の密度を変えて広がる。ここでは、似た旋律が戻ったからといって、毎回同じ強弱や同じ呼吸にする必要はない。低音の位置、旋律を担う楽器、独奏の装飾の密度が、その回の役割を決める。
練習番号124以降、二台譜PDF92~96頁では、長い線の上や周囲に、急速なピアノの装飾が重なる。最高音だけを主題と誤認しやすい箇所である。二台譜の下段にある長い音を先に歌い、その上に独奏の細音を載せると、構造が反転して見える。
ピアノの走句の一つ一つを頂点にしてしまうと、オーケストラの旋律が持つ、はるかに長いクレッシェンドが伝わらない。短い波の高さをそろえる練習の後、全体の大きな波のどこにその波があるかを決める。
大きな頂点――技巧の目的は、抒情を拡大すること
練習番号128付近、二台譜PDF96~97頁では、重い独奏の動きと、管弦楽の長い旋律が大きく重なる。ここでピアノは、速い音を示すためだけに存在するのではなく、抒情的な主題を巨大な空間へ広げる役目も担う。
独奏の強い発音が管弦楽の旋律を完全に覆うと、頂点が単なる音量の塊になる。旋律がどの音へ向かっているかを聞き、その先へ独奏の勢いを合わせる。オーケストラ側でも、独奏の細音に埋もれない長い線の輪郭と、十分な息が必要になる。
頂点の後に音が緩むところも、次の活動部分への準備である。抒情の世界をどのくらい引き留め、どこで手放すかによって、冒頭材料の帰還が、突然の割り込みにも、必然的な再始動にも聞こえる。
Allegroの回帰――同じ主題が、別の調の高さで再始動する
練習番号131、二台譜PDF98頁でAllegroに戻る。冒頭の短い主題が再び現れるが、最初のイ短調へそのまま戻るのではなく、ロ短調などの異なる高さを経て展開する。
この回帰では、旋律の輪郭が同じでも、低音の位置と臨時記号の組み合わせが違う。暗譜では「最初と同じ」とまとめず、戻りの最初の和音、オーケストラの音域、独奏の入りを独立した出発点として覚えたい。
以後、短い主題の断片が次々に移される。同じ型が反復されるため、手は流れに乗りやすい一方、どの高さを通ったかの記憶は曖昧になりやすい。低音を声に出しながら弾く、あるいは各区間の最初と最後だけを弾く方法で、調の経路を確かめるとよい。
コーダ――半音の摩擦を、最後のハ長調へ集める
終盤、二台譜PDF109~112頁では、反復、跳躍、重音、両手の交替が連続する。細かな線の正確さに加え、左右の発音の密度をそろえ、低音の支点を見失わないことが必要になる。
ここでの不協和は、終わりを妨げるだけでなく、終わりへ向かう圧力を強める。半音で接する音や、低音に対して異質な和音が現れた後、最終段階でCの低音がはっきり支柱になると、耳は長い道のりの帰着を感じる。
最後の二台譜PDF112頁では、低いCの反復と、ピアノの重音の運動が重なる。上声には主音へ向かう音や属音の強調が残り、最後まで活動は止まらない。Tへ帰った瞬間にすべての緊張が消えるのではなく、Tの支柱の上で、最後の運動がなお続く。
終止のハ長調は、C–E–Gの明るさを確かにする。冒頭のイ短調、中央の嬰ハ長調、回帰のロ短調などを覚えているほど、この最後のCは単なる調号の確認以上の意味を持つ。散らばった色が、一つの中心の周囲へ集まるのである。
終楽章の演奏――最後まで「速すぎず」が効く
この楽章を終盤まで持続させるには、冒頭で設定する速さに現実性が必要になる。最初の軽い主題だけなら弾ける速さでも、後半の重音、跳躍、厚い和音を同じ脈で制御できるとは限らない。難しい部分から必要な余裕を逆算し、全体のテンポの関係を組み立てる。
身体の力みは、音の密度が上がるほど蓄積しやすい。休符、オーケストラが主題を持つ時間、音域の切り替わりを、動作を整える機会として使う。ただし音楽の緊張まで抜かず、耳の中では低音と主題を追い続ける。
最後の成功を、最大速度だけで判断しない。拍の輪郭があり、主題が聞こえ、和声の帰着が伝わり、最終和音へ全員が同じ方向で入れること。その条件がそろうと、速さそのものも、より鮮やかに感じられる。
9 全曲を通して見える、プロコフィエフの作風
明快な形と、新しい響きが同時にある
ソナタ形式、変奏曲、主題の回帰、はっきりした楽章の区分。第3協奏曲には、古典的な音楽の理解を助ける形が多く残る。一方、その中で鳴る和声は、素直な古典派の延長だけでは捉えられない。
重要なのは、この二つが別の層として協力していることである。形がわかるから、響きが急にずれても現在地を失わずに済む。響きが変わるから、同じ形が戻っても単調にならない。親しみやすさと新しさは、作品の別々の部分に割り振られているのではなく、同じフレーズの中で働く。
第1楽章の再現部の順序変更も、その例になる。主題を知っているから変化に気づき、変化があるから再現が新しい出来事になる。形式を知ることは、作品を型にはめることではなく、型からの動きが聞こえるようになることである。
叙情は、技巧の合間の休みではない
第1楽章の序奏と中央Andante、第2楽章の第1・第4変奏、第3楽章の長い中央部分。これらを全部「ゆっくりした美しいところ」と一括りにすると、それぞれの意味が消える。
第1楽章では、最初の歌が楽章の構造を支える。第2楽章第1変奏では、既知の主題の口調が変わる。第4変奏では、同じ主題から時間と調性の感覚が遠ざかる。第3楽章の抒情は、活動的な外側に対抗するほどの大きな領域を持つ。
技巧の難しいところだけに練習時間を割くと、これらの長い線が未整理のまま残りやすい。音の少ない箇所ほど、低音の意味、息の長さ、旋律の受け渡しを具体的に決める必要がある。
打楽器的なピアノにも、音色の種類がある
この曲では、ピアノが硬い和音や短い反復を多く担う。しかし「打楽器的」という一語で、すべて同じ強い打鍵を正当化することはできない。
第1楽章の和音群、第2楽章第3変奏のずれたアクセント、第3楽章の和音の応答では、必要な重さ、音の長さ、離鍵のタイミングが違う。低い音の厚みを聞かせるのか、高い音の硬さを聞かせるのか、二つの和音の違いを聞かせるのかで、使う響きは変わる。
また、短い音の輪郭は、響きを全く持たせないことでしか作れないわけではない。会場の残響、オーケストラの密度、ピアノの特性によって、少量のペダルが発音の粒を助けることもある。楽譜上のアーティキュレーションと、実際に聞こえる長さを照合したい。
ユーモアやグロテスクさは、正確さから生まれる
意外な半音、少し長すぎる反復、急な強弱、優雅な旋律の後の無骨な和音。こうしたずれが、音楽に機知や奇妙さを与える。演奏者が面白くしようとして、さらに大きな間やテンポの変形を加えることが、常に有効とは限らない。
書かれた休符の長さ、アクセントの位置、fからpへの切り替えを正確に示すだけで、性格の違いはかなり明瞭になる。基本の拍が保たれているからこそ、そこからずれる身振りが聞こえる。拍が曖昧になると、意図されたずれも不正確さに紛れてしまう。
管弦楽は、独奏の背景以上の役割を持つ
第1楽章の主要な歌はクラリネットやオーボエから始まり、第2楽章の主題も管弦楽が提示する。第3楽章の冒頭と中央の抒情にも、オーケストラが先に場を作る。主題の発信者が独奏とは限らないことは、全曲に共通する。
ピアノは、主題を歌う、装飾する、反論する、推進する、響きの面を作る、という複数の役割を切り替える。どの役割なのかを知らずに独奏譜だけを仕上げると、弾くことはできても、他者の声を聞く余裕が残りにくい。
総譜を全部同時に読むのが難しくても、自分の直前に何が鳴るか、自分が動いている間に誰が主題を持つか、自分の後にどの楽器が続くかの三点を確認するだけで、合わせの質は変わる。
10 調性と和声を、全曲の経路として覚える
第1楽章――ハ長調の枠の中に、イ短調の別の歌がある
第1楽章では、ハ長調の主要な世界に対して、第2主題のイ短調が一つの大きな色の対比になる。両者は同じ白鍵の音を多く共有するが、主音と、落ち着く和音が違う。共有音が多いことは、調の役割が同じであることを意味しない。
ハ長調を読む基準は、TのC、DのGまたはG7、SのF。イ短調の第2主題では、TをAmへ切り替え、EまたはE7がAへ向かうDになる場面を聴く。Fはハ長調ならIVだが、イ短調ならVIに当たる。実際の働きは前後で判断し、一つのコード記号に全曲共通の機能を固定しない。
再現部の第2主題がハ短調の色へ移ると、Cという音は全曲の中心に近くても、E♭によって明るさが変わる。ハ長調とハ短調は、主音が同じでも、旋律の表情と和音の摩擦が違う。最後のハ長調の終結と、この暗い再現の差を聴きたい。
第2楽章――ホ短調は帰る場所であり、全変奏の唯一の色ではない
ホ短調の主題から始まるが、変奏の間ずっとホ短調の同じ和声だけが続くわけではない。第1変奏の明るい色、第2変奏の嬰ハ短調の主題、第4変奏の低音と上声の別々の中心など、原型からの距離の取り方が違う。
ここでは、変奏が変わるたびに「今の主題はどの高さか」「低音はどこに留まるか」「終わり方は原型と同じか」を確認するとよい。和音を数多く分類する前に、この三問に答えられることが、楽章全体の記憶を安定させる。
最後にホ短調の主題が帰り、さらにホ長調とホ短調の差が結末に現れる。楽章の統一は、すべての場所が同じ調であることによってではなく、元の主題と中心へ何度も照らし返されることによって作られる。
第3楽章――全曲の主調を、最後の到達点にする
第3楽章では、イ短調の冒頭、嬰ハ長調の抒情、ホ長調などへ移された主題、ロ短調で始まる活動部分の回帰、終結のハ長調という、大きな経路を先に覚えたい。
これは、列挙した調がその順に一度ずつ現れるだけという意味ではない。その間に短い移動や回帰がある。それでも主要な色の位置を知っていると、同じ形が違う高さで繰り返される区間を、長い経路の中へ置ける。
全曲のTであるハ長調を、終楽章の冒頭から当然の前提として聴くより、最後に確かに到達する中心として聴く。すると、終結のCの低音には、単に強い音という以上の意味が生まれる。
すべての音をコード名に置き換えない分析
この曲を細かく勉強すると、分析用のコードを書き込める箇所は非常に多い。しかし、一つの瞬間に重なった全音を、そのまま一つの和音名に変えることが、いつも最良の分析になるわけではない。
たとえば、旋律の経過音や刺繍音まで含めて複雑なコード名を付けると、実際には単純な低音と三和音が支えている部分を見失う。逆に、独立した二つの声部がぶつかる響きを全部「非和声音」として取り除くと、そこに必要な摩擦まで消してしまう。
どの音が長く保たれ、どの音が通過し、どの音が次の和音へ解決するかを確かめる。判断を変えても同じフレーズが自然に歌えるか、低音の進み方を説明できるかを耳で検証する。分析は、記号を増やす作業より、聞こえる関係を明確にする作業として行いたい。
11 旋律を見失わないための、具体的な読み方
最上声、長い音、アクセントを、別々の手がかりにする
最上声が主旋律であることは多いが、この曲ではそれだけで足りない。第2楽章第5変奏では和音の下側、第3楽章の抒情ではオーケストラの長い音、第1楽章の展開では時間をずらして入る複数の線が重要になる。
まず、長い音をつなぐ。次に、アクセントのある音をつなぐ。さらに、最上声と最低声をそれぞれつなぐ。この三つを試すと、どの線が主題の輪郭を保っているかが見えやすい。
ただし、長い音が必ず旋律とも限らない。長い音は和声の支柱、短い音が主題という場合もある。最後は、元の主題との関係と、前後のフレーズの自然さによって判断する。
旋律が受け渡される場所を、入口で覚える
旋律が消えたと思ったとき、実際には別の楽器へ移っていることがある。第1楽章の第2主題、第2楽章第1変奏の後半、主題回帰、第3楽章の中央部分が、典型的な確認箇所になる。
譜面には「オーボエへ」「弦の歌」「自分は装飾」といった短い言葉を書くだけでもよい。すべての音の上に分析を書き込むより、役割が変わる入口に印を置いた方が、本番では役に立ちやすい。
音楽の立体感は、独奏が常に大きいことで生まれるのではなく、前へ出る線が適切に交替することで生まれる。自分が一段奥へ下がる場所を知ることも、独奏の表現の一部である。
両手をまたぐ線を、一つの声として読む
急速な音型では、一つの線が左右に分配されることがある。片手ずつは正確でも、つなげると強さや音の長さが交互に変わり、旋律がぎこちなくなる場合がある。
両手を合わせた後で、担当する手を忘れ、一人の歌い手の線として聞く練習を行う。逆に、同じ手の中に二つの役割があるときは、それらを別の歌い手として聞く。手の数と声部の数は一致しない。
左右の受け渡しの練習では、速さを上げる前に、受け取る側の位置と音量をそろえる。指が間に合っても、発音の色が変われば線は途切れて聞こえる。
二台ピアノ譜から総譜へ戻る理由
二台ピアノ譜は和声と音の位置を一度に見やすいが、管弦楽の異なる発音が同じ鍵盤の音へ置き換えられている。長く保てる管の音、消えやすいピツィカート、弦のトレモロ、打楽器の粒は、二台のピアノでは同じ条件にならない。
たとえば、縮約譜の長い音を弾くとすぐ減衰するからといって、実際のオーケストラでもその線が消えるとは限らない。逆に、縮約譜でペダルを使って厚くつながる和音が、実際には短い発音の集合である場合もある。
総譜では、まず旋律の楽器名、持続の方法、強弱の三つを確認する。これだけでも、独奏の音色やペダルの判断は変わる。全段を同時に追う能力を身につけてからでなくても、総譜を使う意義はある。
12 短時間で勉強するための、優先順位
最初に、主題の原型を覚える
準備時間が限られると、難所を最初から速く弾こうとしやすい。しかし、主題がわからないまま音符だけを処理すると、後で表情と構成を作り直す時間が増える。
最初は、第1楽章のクラリネットの序奏とオーボエの第2主題、第2楽章の主題、第3楽章の冒頭と中央の抒情を、単旋律で歌う。五つの原型を耳に入れるだけで、曲全体の多くの再来を認識できる。
次に、それぞれの主題の低音を弾く。旋律だけでは似て聞こえる再現も、低音が変わると位置が区別できる。耳の記憶と和声の記憶を、早い段階で結びつける。
難所は、移動・和音・声部の問題へ分ける
跳躍が外れるなら、着地点の和音を静かに確認し、移動する時間と発音する瞬間を分ける。和音が濁るなら、まず最低音と最上音、その後に内声を加える。走句で方向を失うなら、低音と主要な到着音だけを弾いて経路を確かめる。
これらは、それぞれ違う問題である。すべてを「指が回らない」と捉えると、同じ反復を増やす以外の方法が見つかりにくい。何が不安定なのかを分けることで、短い練習にも目的を持たせられる。
リズムを変える練習を行う場合も、どの移動や発音を整えるためかを決める。練習用のアクセントが本来のフレーズへ残らないよう、最後に必ず元のリズムとアーティキュレーションへ戻す。
接続は、後ろの区間から作る
難所だけが弾けても、その直前のテンポや音量から入れなければ、本番では不安が残る。難所の最初の音へ、数拍前から入る。できたらさらに前へ広げ、最後に難所の後の着地まで続ける。
この曲では、速度標語の変化、管弦楽からの独奏の入口、主題の回帰が、接続の重要点になる。第1楽章のAndanteからAllegroへの再始動、第2楽章第1変奏から第2変奏への重なり、第3楽章の抒情からAllegroへの帰還は、別々の区間として終わらせず、必ず接続して練習したい。
合わせ前に、休みの間の音を覚える
独奏が休む場所を、小節数だけで覚えると、テンポが変わったときや予想外の響きになったときに不安が増す。数えることに加え、自分の直前の旋律を覚え、どの楽器の音が合図になるかを知る。
第1楽章の冒頭、第2楽章の主題、第3楽章の中央の長い管弦楽の歌は、そのための重要な学習箇所である。独奏譜だけでなく、Piano IIを自分で弾くことも効果的だ。実際に手を動かすと、聴くだけでは曖昧だった低音やフレーズの長さが記憶に残る。
合わせで相手に伝える言葉も具体的にしたい。「ここを合わせる」だけでなく、「木管の長い音の後に自分が入る」「低弦の拍を聞く」「この半音下降を一緒に進める」と言えると、修正の目的が共有しやすい。
暗譜には、指以外の入口を用意する
似た形が異なる調で戻る箇所は、運動の記憶だけでは混線しやすい。主題の名、低音、練習番号、音域、前後の楽器という、複数の目印を持つ。
どこからでも始められる状態を目指すといっても、全小節を孤立させる必要はない。主要な主題の入口、速度が変わる場所、和声の支点が変わる場所を出発点にする。そこから先の行き先を言葉と音で示せると、記憶は強くなる。
通して弾く練習は、構成、集中力、体力の確認に使う。途中で繰り返し止める練習と、演奏として最後まで進む練習を区別する。同じ通しを何度も重ねるより、その一回で見つかった接続の問題を直してから、次の通しへ進みたい。
13 録音の聴き方と、講演・授業での伝え方
作曲者自身の録音を、比較の基準にする
プロコフィエフ自身が独奏し、ピエロ・コッポラ指揮、ロンドン交響楽団と共演した1932年の録音が残っている。ロンドン交響楽団の記録でも、アビー・ロードでのこの録音が確認できる。自作の協奏曲を弾いた作曲者の音を知る、重要な資料である。ロンドン交響楽団の記録
比較するときは、テンポの数字だけでなく、短い音の長さ、歌う箇所の息、強弱の対比、旋律と伴奏の距離を聴きたい。録音の年代と収音条件によってバランスの聞こえ方も変わるので、録音で小さく聞こえる声部を、実演でも同じ比率にすべきだとは即断しない。
また、一つの名演を最初から最後まで模倣するより、同じ短い箇所を複数の演奏で比べる方が、判断の理由を考えやすい。第2楽章第4変奏なら、持続低音と装飾の距離。第3楽章の抒情なら、主題の長い時間と、独奏の細かな時間が両立しているかを比較する。
初めて聴く人には、三つの耳の目印を渡す
講演や演奏前の説明で、全曲の和声を先に解説する必要はない。まず、各楽章に一つずつ、耳で確認できる目印を渡すとよい。
第1楽章では「最初のクラリネットの歌が、途中で大きく帰ってきます」。第2楽章では「最初の小さな主題が、甘い歌、嵐、ずれたアクセント、瞑想、行進のような世界を通ります」。第3楽章では「低い跳ねる主題と、中央の長い歌を覚えてください」。この程度でも、演奏を追う入口になる。
その後で、日本滞在の話を加える。1918年の東京と横浜のリサイタル、旅の途中で扱われた素材、そして日本の音楽を連想する聴き方を紹介する。史実と解釈の違いを短く示すことで、話の面白さと正確さを両立できる。
日本との関係を、探索の題材にする
学生と聴くなら、「日本の影響がありますか」という二択だけで終わらせず、何をもって影響と考えるのかを一緒に検討できる。作曲地、聴いた曲目の記録、旋律の一致、和声の作り、作曲者の証言は、それぞれ別の種類の根拠である。
第3協奏曲の場合、来日の事実と公演記録は確認できる。日本と結びつく主題の成立についても研究がある。一方、第2楽章の《盤渉調の越天楽》の直接引用は、本稿では裏づけられない。この違いを守ったうえで、似て聞こえる時間や音色を言葉にすることは、音楽を深く聴く勉強になる。
「知っている旋律を発見する」楽しさと、「知らなかった響きの関係に気づく」楽しさは、両方あってよい。第3協奏曲は、速い技巧の鮮やかさから入り、歌の居場所を探し、和声のずれを知り、最後には全曲の経路を聴けるようになる作品である。
14 学習用楽譜と、参照した資料
学習用楽譜の入手先と版の情報
学習用楽譜は、IMSLPの《ピアノ協奏曲第3番》作品ページから探すことができる。本稿では、管弦楽総譜159ページと、作曲者編曲の二台ピアノ譜112ページを参照した。記事中の参照位置を確認する際は、以下のIMSLP番号と版の情報を手がかりにしてほしい。
管弦楽総譜はIMSLP番号66126。IMSLPの書誌では1957年Muzgiz刊《作品全集》第5巻を、Belwin Millsが1979年頃に再版したものとされる。各楽章の開始はPDF1頁、57頁、100頁。印刷ページはそれぞれ269頁、325頁、368頁である。
二台ピアノ譜はIMSLP番号729921。IMSLPの書誌ではパーヴェル・ルキヤンチェンコ校訂、Muzyka刊《ピアノ作品集》全5巻の第5巻、1986年、版番号13215。各楽章の開始はPDF1頁、44頁、72頁。本文の参照ページと練習番号は、主としてこの二台譜に基づく。
資料確認時、IMSLPでは両ファイルにPublic Domainの表示があった。入手・利用の際は、公開元の書誌、ファイルごとの表示、利用地域に関する案内を確認してほしい。本記事には楽譜PDFを添付せず、譜例、資料の図版、録音、写真も転載していない。
作品情報と初演
Boosey & Hawkes, Serge Prokofieff: Work List。第3協奏曲は40頁。献呈、編成、楽章、初演、二台ピアノ編曲の確認に用いた。
Chicago Symphony Orchestra, “Recalling the triple-threat talent of Sergei Prokofiev”。シカゴ交響楽団の記録に基づく紹介。1921年12月16日の協奏曲初演と、同月30日の歌劇初演を区別する資料になる。
Los Angeles Philharmonic, “Piano Concerto No. 3 in C major, Op. 26”。初期スケッチを含む成立と作品の位置づけを参照した。
Dallas Winds, “Gold, Silver, Bronze & Brass”。掲載された作品解説に、1913年の変奏主題と、後年の素材の統合についての作曲者の自伝の記述が引用されている。
IRCAM, Serge Prokofiev, Biography。ロシアを離れてからの活動と、全体の時代的位置を確認した。
日本滞在と、日本的な響きをめぐる研究
野原泰子「山田耕筰とプロコーフィエフのニューヨークとパリでの接点――国境を越えた音楽交流の多面的な繋がり」『武蔵野音楽大学研究紀要』第55号、2024年、111~132頁。特に113頁の日本滞在、公演プログラム、関連注を参照した。掲載巻号と年は著者の大学公式業績一覧でも確認できる。
菊間史織「プロコフィエフの『ピアノ協奏曲第3番』は和風? 作曲の過程からひも解く“東方的”の由来」、ONTOMO、2025年8月7日。日記・自伝を踏まえた成立の検討、《越後獅子》説、未完の四重奏曲の構想との関係を参照した。曲の由来について、確定した事項と可能性を区別して読む必要がある。
日本芸術文化振興会・文化デジタルライブラリー「越天楽―残楽三返―」、同「渡物」の解説。《越天楽》の三つの調子と、単純な平行移調とは異なる旋律の関係を確認した。
楽曲・演奏研究と、作曲者の説明
Fred Gustav Sahlmann, The Piano Concertos of Serge Prokofiev: A Stylistic Study、University of Rochester、D.M.A.論文、1966年。第2章の第3協奏曲分析、印刷87~107頁を参照した。第1楽章の動機の関係、形式上の区分などを、実際の楽譜と照合する手がかりとした。本稿の演奏上の提案は、楽譜読解に基づく解釈であり、作曲者の指示と同一ではない。
Gary O’Shea, Prokofiev’s Early Solo Piano Music: Context, Influences, Forms, Performance、University of Sheffield、Ph.D.論文、2013年。来日公演、演奏活動、作曲者の演奏を考えるための関連研究として参照した。
Louis Biancolli, Serge Prokofieff and His Orchestral Music、1953年。第3協奏曲について作曲者の説明を紹介する部分を参照した。同書の初演日表記には他資料と差があるため、本稿の初演日は出版社とシカゴ交響楽団の記録に従った。
London Symphony Orchestra, Sergei Prokofiev。“With the LSO”の項で、1932年の作曲者独奏・コッポラ指揮による録音を確認した。
資料確認日:2026年10月24日。本文の形式区分、和声の読み、音楽を形容する比喩、練習方法は、史実の紹介と区別した分析・演奏上の提案である。




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